自分を金持ちと思っている人などいない

先週の日曜日にNHKスペシャルで、私たちのこれから「#子どもたちの未来」という討論形式の番組をやっていました。

番組内容にはあまり興味は無かったので、ぼーっと見ていたのですが、その中で子供の貧困対策の財源はどうするのかという議題で、コメンテーターの一人が、「もう少しお金持ちにも負担してもらって・・・」という、まあ、誰にでも思いつくありきたりな意見を言ったわけです。
それを発端に我家では以下のような会話が繰り広げられました。

嫁さん:「まあ、それも仕方ないかもねぇ。ある所から出してもらわないとねぇ。」
私:「完全にどこかの誰かに出してもらうつもりみたいやね。もしそうなったら、うちは間違
いなく搾り取られる方やでー。」
嫁さん:「またまた、こんな金ない所やらとらへんやろ。もっと金持ちおるから、そっから
とったらええねん。」
私:「いやいや、なにしろ、野村総研の定義ではうちは準富裕層、りっぱなお金持ちやから
なぁ。」
嫁さん:「んなアホな。うちらは頑張って働いてお金貯めとるだけで金持ちやない。元から金
持ってる人から取りやー。」
(我家では日常会話は関西弁です)

会話はここで終わったのですが、私も野村総研の定義的には自分が準富裕層と呼ばれる位置にいる事は理解してますが、金持ちの実感はありません。
ちょっと想像して見るに、金融資産が100万の時は、1000万あれば金持ちに見えましたし、1000万の時は5000万あれば十分金持ちのように思いました。
この調子で行くなら、1億になっても、おそらく金持ちという気がしないでしょう。
数十億持っていても、自分が金持ちという気がしないに違いありません。
これは私だけではなく、TVで「金持ちが財源を負担せよ」と言ってたコメンテーターも、自分が出すつもりはなさそうでしたので、(おそらく彼も私に比べたら高給取り&資産家なはず)世間一般の人もそうではないでしょうか。
「財源は金のある所から取れ!」と言う人は、誰だって自分の金をむしり取られるというのは、たとえ潤沢にあるうちの少しでも、身を切られるように痛い物という理解が足りないのだと思います。
ということで、安易にある所から取れとは言わないでほしいです。