出世はコスパが良い。

出世はコスパが悪いのか?

昨日の嫉妬ですが、はっきり言ってまだ引きずってます。自分でも嫌な性格だと思うのですがこればかりはどうしようもありません。と同時に、「出世はコスパが悪い」という言葉が頭にちらつき自分を納得させようとするが、いまいち納得できません。
それはなぜか。
アーリ-リタイアブログなどでよく言われる「出世はコストパフォーマンスが悪い」(だから私は出世にはこだわらずほどほどにやる)という言葉は、所詮は出世できなかった者、早々にあきらめてしまった者の言い訳に過ぎないという事が、私にはわかっているからです。
実際私もそうで、長い間昇格試験を拒んでたのですが、上司の推薦を受け実際に昇格して見ると見える景色が変わります。

そしてそれに見合った報酬が用意されます。よく会社の上司が部下に、「管理職なんてなるもんじゃねぇよ。責任は重くなるし、残業代は出ないしさ。」なんて言っているのを聞くと思いますが、彼のその言葉をうのみにしてはいけません。実際は結構貰ってます。
実際なってみてわかる事ですが、部下に「管理職なんてなるもんじゃねぇ。」と言ってしまう心理は、「俺はそれなりの給料を貰ってるし、仕事は楽になった。」なんて言うと、部下に「あいつそんなに貰ってんだったらもっと働けよ」を言われるのが嫌だからそう言ってごまかしているにすぎません。

実際、仕事自体は楽になります。それは自分にその仕事を遂行する力がなければ、適任な部下を使って仕事を回していけばよいし、顧客との交渉事も役職者が出ていけば舐められずスムーズにいくことも多いからです。そしてそれは地位が上がれば上がるほど加速していくという事が、自分も役職が上がるたびに経験しました。はっきり言って出世できるならしなきゃ損です。

問題は誰しもがそこに登れる訳でないという事です。
いわゆる、すべての役職者は無能化するという、ピーターの法則です。正直って今の役職になるのに、私はさほど努力してません。しかしながら、ここからもう一段階上がろうとすると、とてつもない努力がいるという事を知っています。私の普通にやって出せる能力の限界がここまでなのでしょう。かくして、ここから先は私にとって「出世はコストパフォーマンスが悪い」となるわけです。つまり一概に「出世はコストパフォーマンスが悪い」という事ではなく、こうなります。

「出世はパフォーマンスが良い。ただし自分の能力の限界までは。」

自分の能力の限界まで出世したら、効率よく稼いでリタイアするというのが一番コスパが良いのでしょう。